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892:学生さんは名前がない / :
「ボクね、もう休もうと思うんだ」
シゲルが呟く。
「え? そんな、どうして?」
混乱した様子で、エミルは尋ねた。
「ボクはね、明日2コマからなんだ」
「シゲル。エミルだって明日は2コマから。でも、エミル、全然眠くないよ」
シゲルは空を仰ぎ見る。楕円の月が、煌々と光ってた。
「ホラ、月があんな場所にある。エミル、もう深夜なんだ。誰も起きてはいないよ」
エミルは、その意見を拒否するように首を振る。
「イヤ! そんなのイヤだ! シゲルと、離れるなんて」
優しく、そして厳しさを湛えた眼で、シゲルは微笑む。
「エミル」
一言。言い聞かせるように、彼女の名を告げた。
エミルは勢い付いた肩をゆっくりと、本当に、ゆっくりと下げる。
彼女は不愉快そうに髪を振り、項垂れ、涙を浮かべて応えた。
「わかった」
台詞とは裏腹に、エミルの口調には不満の色が濃い。
「エミル。月は、いずれ地平の果てに沈む。そして日の光が空を満たす」
シゲルは微笑んだ。今度は柔らかく、限りない慈愛を込めて。
「空が晴れてさえいれば、ボクらは、また、会えるんだ」
そのシゲルの笑顔を見たエミルは、何も云わずに頷く。
エミルは息を吐く。白い。もう、そんな季節なのだ。
その白は、純潔なる夜の黒に分散し、溶けていった。
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